事業再構築のアイディア:新規事業の成功例に学ぶ
私は、先日ある経営者団体の例会にて㈱地球の歩き方の新井邦弘社長の講演を拝聴しました。地球の歩き方という出版物はもともとダイヤモンド社が1979年に創刊した海外旅行者向けのガイドブックです。新型コロナウイルス感染症により海外旅行というマーケットは消滅しました。そんな環境下の2020年に同誌は当時新井氏の勤めていたGakkenグループに事業譲渡されました。2021年新会社㈱地球の歩き方として再出発しました。そこからのV字回復を成功させたのは数々の新サービスの立ち上げです。この事例は今後も本業の停滞を打破するため新市場に売って出る企業の参考になることでしょう。
①既存顧客への着目
同誌が廃刊になるかもしれない。そんな噂を聞きつけた既存顧客からは多くのメッセージが寄せられたそうです。新井氏が特に印象的としたのが「お世話になりました」という多数のコメントでした。かつて若いころ海外旅行に行った際に同誌を利用し、助かった思い出を持つ既存顧客がそれだけ多いということでしょう。コロナ禍でその方たちは海外旅行に行けません、またアフターコロナでも生活スタイルや年齢などの事情でかつてのように海外旅行を楽しむことはないかもしれません。それでも若いころ同紙に「お世話になった」という想いを持つ顧客が多いことは同社が新たな取組みを始める上で大きな財産になりました。
海外旅行雑誌の地球の歩き方が国内旅行のガイドブックを発刊する。地域の情報収集のノウハウ、雑誌編集のノウハウといった既存事業の強みは新サービスでも生かすことができます。マーケットは海外旅行をしたい日本人から国内旅行をしたい日本人・外国人へと確実に変わっています。まさに新市場への進出です。しかしその底流にはかつて若いころ海外旅行で同誌を利用したコアなファンの存在があります。新市場への進出というと全く誰にも知られていない孤独な新世界で戦わなくてはならないというイメージもありますが、この事例からはそんなことはないとわかります。自社の(本事例は事業譲渡ではありますが)過去から現在を支えてくれたコアなファンに目を向け、彼らの生活スタイルやニーズの変化の行き先を狙うことで新市場かつ自社の強みを生かせるという舞台が見つかるのかもしれません。
②社員の中で眠っていた企画
大人気漫画『 ジョジョの奇妙な冒険 』と『 地球の歩き方 』がコラボし 物語の舞台を網羅した冒険ガイドブックを発刊しました。日本のアニメは世界的に人気なコンテンツですし、聖地巡礼をコンセプトにしたガイドブックというのはこれからも増えるかもしれません。本事業はその先駆けなのかもしれません。これは事業譲渡とともに転籍した社員の方の発想のようです。実はこのアイディアはコロナ前からあったそうですが、当時は企画を出しても採用されなかったようです。そんなことしなくても海外旅行向け(既存事業)で儲かるからです。本業が順調であれば敢えて新規事業を行うメリットはありません。しかし、低迷期は新規事業を行うチャンスでもあるのです。
事業再構築補助金をはじめとして新規事業をサポートする補助金が公募される中、そのアイディア出しに苦しむ企業も多いことでしょう。そんな中で過去に社員から意見が出たけど採用しなかったアイディアはなかったか思い出すのも一案です。また改めて社員の方々にアイディアを問うのも有効です。新事業は何も社長一人が考えるものではないということです。
また新井氏は業績が良くなっても新事業への挑戦を止めない風土を作りたいと述べていた。コロナ前の同誌が好調な本業に集中し一本足打法を続けていたことで危機に弱い企業になってしまったことへの戒めを強く感じてのことだろう。